馬車道慶友クリニック 院長 古梶 清和 先生 2015年 10月

横浜三塔物語 横浜に対するちょっとした薀蓄と大きな愛

  63回心臓血管外科出身の古梶です。2012年12月17日にみなとみらい線馬車道駅から徒歩1分の中区海岸通に馬車道慶友クリニックを開院いたしました。私は横浜市中区で生まれ育ったのですが,この地は元々海だった所で,徳川4代将軍家綱の時代に吉田勘兵衛によって埋め立て工事が行われ,1669年に吉田新田と命名された場所です。横浜発展の基礎を築いた埋立地なのですが,当時は横浜村と言われる寂れた寒村でした。江戸時代末期にアメリカから開港を要求された江戸幕府が,当時栄えていた東海道の神奈川宿に外国人を入れたくなかったので,隣の横浜村を開港したのが横浜発展の始まりです。神奈川宿から横浜村へ道が作られ,間にある大岡川に「吉田橋」を架け,その橋に関門という関所を設置しました。その関門の内側,海側が「関内」と呼ばれました。現在の地域名はこのことに由来しています。したがって京浜東北線関内駅を中心に線路より海側の地が,正式には関内地区になります。1860年に横浜村周辺は,武士と外国人との接触を避けるため,今までの川に加えて掘割りを造り,橋を架け,橋を通らなければ関内には行けない様にし,全ての橋に関門を設けました。吉田橋から外国人居留地に至る道が,今の「馬車道」です。高層ビルが立ち並び,車が渋滞する現在の大都会の喧騒の中,煉瓦で舗装された道や,街路のガス灯は,150年以上の時を経ても幕末~文明開化当時の面影を感じさせ,しばしのタイムスリップが心地よく,一服の清凉剤のように心に安らぎを与えてくれます。

  さて関内地区には,地元では「横浜三塔」と呼ばれ,横浜港のシンボルとして長年市民に親しまれている3つの建物があります。キングの塔(神奈川県庁本庁舎Fig1),クイーンの塔(横浜税関Fig2),ジャックの塔(横浜市開港記念会館Fig3)です。「横浜三塔」は今でこそ都市開発が進み,周りにビルが建ち目立ちにくくなってしまいましたが,建った当時は他に目立つものはなく,横浜港に入港してくる船の目印になっていました。塔の愛称は,入港する船の外国人船員達がトランプのカードに例えて名づけたという説が有力です。1番先に姿を現したのは,ジャックの塔を持つ開港記念会館でした。元々横浜町会所があった場所に建てられましたが,1906年(明治39年),火事によって町会所は焼失し,その後,1917年(大正6年)に開港50周年を記念して再建されました。東南隅に時計塔,西南隅に八角ドーム,西北隅に角ドームを配しています。1928年(昭和3年)にはキングの塔の呼び名を持つ県庁舎が竣工されました。五重塔をイメージさせるスタイルで,昭和初期に流行した帝冠様式のはしりといわれています。さらに1934年(昭和9年)にクイーンの塔の税関が竣工されました。クイーンの塔は,イスラム寺院風のエキゾチックなドームが特徴です。「横浜三塔」は,いつしか船員達が航海の安全を祈る対象となり,またこれを目印に入港したと伝えられており,震災や戦災をくぐり抜け壊されることなく現在に至っています。このような歴史が後述する都市伝説を生んだと思われます。

  さてここまでお読み頂き,「横浜三塔」を実際見てみたいと思われた方,「横浜三塔」は半径100mの円内に近接して建っているのですが,「横浜三塔」を一度に見ることができるスポットは実は4か所しかありません。このうち神奈川県庁分庁舎前,赤レンガパーク,大桟橋国際客船ターミナルの3か所を全てまわると願いが叶うという都市伝説があり,「横浜三塔物語」といわれています(残り一か所は象の鼻パーク)。さらに「神奈川県立歴史博物館」(1904明治37年横浜正金銀行として開業,国の重要文化財)は三塔より古く荘厳かつドームがエースっぽく見えるため,エースのドーム(Fig4)とも呼ばれ,このエースを加えて「横浜四塔」と称する場合もあります。朧月に向かって伸びるジャックの塔,稲妻を背に荘厳な格調漂うエースのドーム,枯葉舞う街路樹の枝間から見上げるキングの塔,遠くの汽笛に調和して粉雪に煙るクイーンの塔,それぞれが四季折々,個性的で趣のある佇まいを見せてくれます。

  私のクリニックからはいずれの塔へも徒歩圏内であるため,「横浜三塔」(プラスエースのドーム)に地元民として敬意を込めて,前述のような話をしながら糖尿病患者さんの1日の歩行の目安は,当院を出て「横浜三塔物語」を達成するぐらい,とか,当院からキングの塔まで歩くまでにふくらはぎが重くなり休憩するようなら下肢の血流に異常がないか検査しましょう,などと「横浜三塔」を積極的に診療に使わせて頂いております。「横浜三塔物語」達成患者さんが徐々に増え,クイーンはやっぱり上品だ,キングはさすがに重厚だ,などと感想を語り合える日々に何となく嬉しさを感じる今日この頃です。



【Fig1:キングの塔】


【Fig2:クイーンの塔】


【Fig3:ジャックの塔】


【Fig4:エースの塔】